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美味しい以上の価値を宮崎へ。環境の変化に身を委ねて

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This is Burrito 店長 河野 大樹さん

宮崎市初となるブリトー専門店「This is Burrito(ディスイズブリトー)」を営む、河野さん。

ブリトーとは、トルティーヤと呼ばれる小麦粉などで作られた薄焼きパンで野菜や肉など好みの具材を巻いた料理。2022年6月29日で2周年を迎え、今やInstagramのフォロワー2700人を超える人気店です。

河野さんがブリトーと出会ったのは、大学生の時。どのように宮崎市でお店を持つことになったのか伺いました。

今につながる店づくりを学んだ20代

自己紹介をお願いいたします!

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河野大樹(かわの たいき)宮崎県新富町出身、1988年生まれの33歳です。

鵬翔高等学校を卒業後、上京したいという気持ちから、慶應義塾大学商学部に進学。
ブリトーとは、その大学時代に出会いました。

ブリトーは東京ですでに人気だったんですか?

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当時は、まだそこまでメジャーではありませんでした。たまたまおしゃれだなと思って入った店が、ブリトー屋さんだったんです。その時初めてブリトーを食べたんですが、一瞬でその美味しさに魅了されました。

働いているスタッフさんの雰囲気も良く、いい職場なんだろうなと感じ、バイトの面接を受け、3年ほど働きました。ブリトーは、具材によって毎日違う味が楽しめるのが魅力の一つなんですが、当時ほぼ毎日飽きずにブリトーを食べていましたね。

自己紹介をする河野さんの画像

大学卒業後はどんなことをされていたんですか?

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初めは、映画のPR会社に入社しました。

しかし、仕事をする中で、僕は誰かがつくったものよりも、自分達でつくったものに面白さを感じていたことに気付いたんです

それから、もっとクリエイティブな仕事がしたいと思い、web制作の会社に転職。未経験から、全体を指揮する「ディレクション」という役割を任され、とても大変でした。

まずは、PRやwebについてのお仕事に就かれたんですね。
そこからどうやって飲食業界へ?

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小さい会社だったので仕事の負担も大きく、辞めるかどうか迷っていました。そんな時、大学時代にお世話になったバイト先のオーナーに街で偶然出会ったんです。

そこで「これからカスタムサラダ専門店を立ち上げるから一緒にやらないか」と声をかけていただいて。尊敬する方だったので、一緒に働きたいと思い、二つ返事で引き受けました。

厨房で作業する河野さんの画像

やはり学生時代のバイト経験から「飲食業界に進みたい」
という想いがどこかにあったんでしょうか?

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いえ、飲食業界に興味があったというわけではありませんでした。

就活に悩んでいたとき、当時お世話になっていた方に「給料でも仕事内容でも人間関係でもいいから、この条件があれば3年頑張れるという環境に身を置いてみるといい」とアドバイスをいただいたことがあったんです。

それまでの会社はそこまで長く勤められなかったのですが、その言葉がずっと頭に残っていて。オーナーのもとでなら少なくとも3年は頑張れると思い、飛び込んでみることにしました。

立ち上げから関わってみてどうでしたか?

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社長の近くで仕事をさせてもらい、とても学びが多かったですね。特にブランディングには、とてもこだわりをもっている人でした。

ブランディングとは、そのお店や商品の強み、大事にしたいことを明確にし、お客様と共通認識にすること。社長はお客様に店を好きになってもらいたいという想いをとても大切にしていました。そこは僕自身も宮崎で店を開くにあたり、とても大切にしていたことです。

河野さんが手がけたデザインの画像 Web制作会社での経験が生きているという店のデザイン。
全て河野さんが手がけている。

注文の際に必ず会話が生まれていて
スタッフさんとお客さんの距離が近い感じがしますね!

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当時の経験が今にとても繋がっていて、お客様に楽しんでほしいという気持ちで、毎日仕事をしています。

実は、ブリトーの注文方法も、お客様とコミュニケーションを取るために少しだけ難しくしてあるんです。そうすることで、どのスタッフも自分らしい接客で必ずお客様と話すことができる。これも前職の社長からの教えの一つですね。

一番人気のメキシカンチポトレチキンブリトーの画像 一番人気のメキシカンチポトレチキンブリトー。
15種類の具材からトッピングを追加するなど、自分好みにカスタマイズもできる

自分で決めた方が楽しい!30歳を機にふるさとへ

東京から宮崎に戻ってくるまで
どんな気持ちの変化があったのでしょうか?

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当時勤めていたサラダ専門店は、あっという間に人気店になりました。会社が大きくなるにつれて、自分が関わる部分が少なくなり、このままここにいても成長できないのではないかと感じ始めたんです。

当時30歳。転職するか地元に帰るか迷っていて、地元に帰るなら30歳がタイムリミットだと思っていました。

そんな時、たまたま東京で開催されていた、地域おこし協力隊のイベントに行ったんです。そこで新富町の地域商社こゆ財団の方に出会い、起業家育成講座に参加。明確にやりたいことがあったわけではないのですが、自分にも何かできるかもしれないと思い、地域おこし協力隊としてUターンしました。

Uターンまでの経緯を語る河野さんの画像 壁に貼られた写真たちは、2周年記念イベントで撮ったお客様たち
ブリトーの巻き時間を予想してもらう参加型イベントでコミュニケーションを図った

新富での活動から宮崎市でお店を開くまでには
どんな経緯があったのですか?

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地域おこし協力隊に就任して1年目。同じくUターンしてきた協力隊の1人と新富町でワインバーを開くことになりました。おつまみとして、ブリトーやタコスを僕も作っていたのですが、そこは元々彼がやりたかった店。だんだんと自分も何かやりたいという気持ちになってきました

そんな時、その彼が宮崎市に間借りできる店舗があると教えてくれたんです。そこで、何ができるかを考え、新富町でも好評だったブリトーなら自信をもって提供できると、ブリトー専門店を出すことを決意。

これは僕の考えなのですが、美味しいものを提供するお店は世の中にたくさん溢れています。だからそれ以外の価値を生み出したいと考えていました。ブリトーは、注文の際に必ずお客様とコミュニケーションを取ります。

美味しいブリトーをベースとし、接客やイベントを通して、お客様に楽しんでもらえる店になればきっとうまく行くという確信がありました。

そして、2020年6月29日に宮崎初となるブリトー専門店をオープン。当時は、月曜日だけの営業でしたが、週3日の営業に増え、今では店舗を構えています。

This is Burritoの店舗の看板の画像

起業の準備など大変だったのでは?

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うーん、大変というより楽しかったですね。僕はあまり考えすぎないタイプで(笑)

だから、先にオープン日だけを決めて準備をしていきました。僕は人に決められた締切を守るより、自分で自分にプレッシャーを与えながら進める方が向いているんです。

だって人に決められると納得感がないじゃないですか

全て糧となる。チャンスの波に乗ってみて

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僕はこれまで、その時の出会いや環境に合わせて、色々なことを経験してきました。大学時代に出会った先輩が「誰かに誘われたら絶対行くようにしてるんだ」と話していたことがあって。他愛もない話だったけど、当時の僕にはない考え方で、すごく印象に残っているんです。

そこからとりあえずやってみよう、という精神が芽生え始めました。

若者へのメッセージを送る河野さん

最後に、宮崎の若者へメッセージをお願いします!

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僕の人生は、必要なタイミングで必要な人に出会っているなと感じます。大変だったweb制作会社の経験も、興味がなかった飲食業界も、結果的に全て今につながっている。

やりたいことがなくて悩む人もいるかもしれませんが、それでもいいと思うんです。ただ、その時は無駄かもしれないと思うことも、いろいろ挑戦してほしい。そして続けられそうなら、少し続けてみてください。

きっと全てがどこかで必ず繋がってきますから