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インタビュー

好きなことができるシンプルな強さ(前編)

2018.11.15

農家/奈須亮介さん

 宮崎市池内町。のどかな畑に並んでいる葉の大きさや色や形の違う野菜たちを「トゲトゲのない『あごおち白菜』は、生で食べても美味しいんですよ!」と汗をぬぐいながら爽やかに話す彼は、元料理人で農家の奈須亮介さん。2 年ほど前からここで野菜を育てています。奈須さんが育てている野菜は、ひゃくしょう市場、菜菜館、よっちゃん広場などの直売所で販売しています。高校卒業後10 年以上、料理人として腕を磨いていた彼が、野菜づくりの楽しさに芽生えたきっかけとは、なんだったのでしょうか?

【農家/奈須亮介さん】

宮崎県出身。料理人として、18 歳から岐阜、北海道、東京、中国で働く。宮崎市池内町にある農地で野菜を栽培し、よっちゃん広場や歓鯨館などの直売所を中心に販売しています。

 前編では、奈須さんの料理の仕事を選択したきっかけや、料理人として過ごした経験などのお話をお届けします。

都会に憧れをもつ18歳の料理人

 「農家は楽しい!だけど何が楽しいのかって聞かれたら、わからないんですけどね」と偶然にも農業を始めることになった、奈須さんの素直なセリフ。彼は18 歳から最近まで、クワではなく包丁を握る料理人でした。高校時代にホテルのキッチンで働いた経験の中で、料理の楽しさに目覚めた奈須さん。卒業後は、自然と料理人の道を選択していました。

「当時、2 つ年上の兄が名古屋に就職をしていて、すごい楽しそうな姿が羨ましくって。それが影響してるかはわからないですが、都会への憧れがありました。県外で就職する気持ちは決まっていたので、直感的にパッと開いた求人のページにあった名古屋の会社を受けたんです。ただそこが大きなグループ会社だったので、最初に配属された場所が岐阜の山奥にある高山ってところで。イメージしていた都会ではなかったんですけど、楽しかったですね。あっ、でもさすがに朝4時起きで、仕事をするのは結構大変でした」

食の意味を見直す経験

 約3年ほど岐阜の高山でフレンチを学び、退職後は台湾へ。思い立ったらすぐ行動したい!と行動力のある奈須さん。日本を少し離れた事で、料理への価値観や思いに変化がありました。

18歳から仕事を始めて休みもなかったし、ちょっと遊びにおいでと台湾にいる知り合いから誘われて、3か月ほど台湾で過ごしました。それが結構楽しかったんです。台湾から帰国後は、一時的に宮崎で掛け持ちのアルバイトをしながらもう一度、都会に行く為の貯金をしていました。そんな時、母親の知り合いの方に「中国の旅館で働かないか?」と声をかけていただいたんです。面白そうだったので、中国の旅館で働くことにしました。そこでは日本料理をつくっていたので、日本人のお客様向けに、おせちを一からつくる経験をしました。現地で収穫できるものが日本とは違うものも多く、食材を集めるのがすごい大変で。その時に食べ物の意味とかすごい考えるようになったんです。日本にいる時よりも、日本のことを考える時間が長かったですね」

誰かに美味しいを届けられる喜び

 「僕、いいなと思ったことは、すぐにやっちゃうんですよ」と口にする奈須さん。心のままに動ける芯の強さが、料理が好きだという思いを更に強くしていきました。食べることが好き、料理が好き。そのことを改めて実感したのは、何気ない生活での出来事でした。

「料理人だった頃と今の農家での経験を生かして、将来は野菜料理がメインのお店を持ちたいと思っています。宮崎へ戻る前に東京で生活した頃の話なのですが、同級生とシェアハウスをしていました。当時は、よく友だちを集めてホームパーティーをすることがありました。食べたい料理をリクエストしてもらったり。その時は、朝はやくから築地に行って買い出しをして、ちゃんと部屋も飾り付けをしたりして。今考えると、その時が本気で料理が楽しいと感じてたなって思います。身近な人に喜んでもらえることが嬉しかったんです。だからこそいつかは、こんなお店をしてみたいと、ずっと考えたりしてるんですよね」

好きなことができるシンプルな強さ(後編)へ続きます。

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