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人の縁、流れに身をまかせて

インタビュー - 2017.10.24
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 宮崎市の中心部に位置する広島通り。JR宮崎駅と街をつなぐこの道には個性あるお店が数多く存在します。今回取材したBooza(ブーザ)もその一つ。水餃子と野菜を中心とした創作料理を提供するお店で、ランチは人でいっぱい。その優しい味は健康志向の強い女性だけでなく男性からも愛されています。今回はそんなBoozaの店主である後藤久美子さんに話を伺いました。

刺激に満ちた東京生活

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 母が東京の下町出身の久美子さん。幼少の頃よりよく東京へ行き来していた影響で大人になったら絶対上京すると決めていました。専門学校への進学を機に上京。しかし、学校が合わず中退してしまいます。そこで久美子さんは「もともと入りたかった」という桑沢デザイン研究所の夜間部へ入り直し、同時にアパレルショップで働き始めます。「桑沢デザインに通っている頃、よく代官山を訪れました。当時はあの街並みやよく通ったショップ、ファッションにすごいワアアアって刺激を受けましたね。常連だったアパレルに勤めましたけど、そこでセンスのいいものをよく見させていただきました。20代前半でそういう経験ができて本当にありがたいです。」

Uターンと失敗

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 充実した東京生活。宮崎には帰らない。そう決めていた久美子さんでしたが転機が訪れます。「今の主人と出会ってから状況が変わりました。すごく視野が広い人で、私が自分のお店を持ちたいっていう話をしたときに、東京じゃ値段も高いし無理じゃない?宮崎の方がいいよって言われて。彼を宮崎に連れて行ったときにすごく気に入っちゃったのもあると思うんですけど。自分は東京に身をうずめる覚悟でアルバムとか全部持っていっちゃってましたから、ああ帰っちゃいますか~って面食らいましたね。」

 宮崎に帰ってからは念願だった自分のお店を持ちました。一軒家を改造した雑貨&カフェのお店。都会的な雰囲気を盛り込んだお店でしたが長くは続きませんでした。「1年半くらいでダメでした。全くの無計画だったし東京テイストを持って来すぎましたね。金銭面とか考えずにやりたいことやり過ぎて。若気の至りですね。」事業の失敗を経験し反省したという久美子さん。それからは地道に働いて、勉強していこうと決意します。

やっぱりお店がやりたい!

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 かねてより野菜や食べ物に興味があった久美子さんはオーガニック系飲食店で働き始めます。お店を一人で任されるようになると「自分ならこうする」と改善点や自分のやりたい方向性が見えてきたり、ちょうど出産を経ることで以前にも増して体に良い食を追求したり。「親や親戚が商売やっていたから商いは楽しいって感覚が染み付いているんですよね。そこでやっぱり自分のお店やりたいと思いました。職場で料理や仕入れの勉強をさせてもらいましたが、自分の料理が作りたいって願望は強かったです。」子育てをしながらも、興味と関心を深堀するうちにオーガニック系の飲食店を数店と有機農業を経験します。ここで培った経験と出会いが、その後Booza誕生へと繋がるのでした。

人の縁に動かされて

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 自分のお店を持ちたい、という強い思いはお店づくりにも現れました。「もともと餃子を手作りしていたので水餃子のお店にしようと。餃子って嫌いな人いないし、皮から手作りだとモチモチしていておしいし、具も皮もアレンジできる。ましてや水餃子は茹でるからヘルシーで。普通の定食屋じゃおもしろくないからこれいいなって思いました。」何のお店をやるか?だけでなくお店の内装も自分で考えたそうです。「扉、器、小物、暖簾、そしてエプロンは友達とか気になった古道具店さんから取り寄せました。(扉や器を指差して)これは絶対使いたいなあとか。もうほんと、いろんな人を巻き込んでますね。」お店の食材や雑貨類のほとんどは久美子さんが宮崎と東京で培った縁を元にしています。また、それら縁がきっかけとなり今ではここ広島通りの営業だけでなく、県内各地や福岡、東京へとイベント出店し活躍の場が広がっています。そんな状況を「いろんな繋がりに動かされてますね」と振り返っていました。

 取材の途中、お店の前を幾度と近所の方が通ったり、お持ち帰りの品を求めてやってきたりしていました。その度に「あーっ」と声を出して手をふったり、笑顔でおもてなしをする久美子さん。居心地の良さは、美味しい料理や落ち着きある空間デザインだけでなく、この人柄も関係しているのかもしれません。久美子さんの人生の軌跡が現れたここBoozaが、これからどんな広がりを見せるのか楽しみです。