20do

  • Twitter0
  • facebook0
  • LINE

大切な人たちと出会い、笑顔が生まれるものづくりを

インタビュー - 2018.02.15
""

 ロゴデザインやキャラクターデザイン、無機質な病院を鮮やかに彩るホスピタルアートなどを手がけている宮崎市在住、ウフラボの平野由記さん。柔らかな笑顔で優しい雰囲気の平野さんが、デザイナーの仕事を選択した原点などを伺いました。

誰かと一緒につくる楽しさを知る

""

 幼い頃から漫画を自作するほど、絵を描くことが好きだった平野さん。高校3年間、文化祭の実行委員で企画を担当した際に、物事を計画する楽しさを経験。そのことがきっかけで、デザインの仕事に興味をもち始めたそうです。「高校生の時に、イタリアにアレッシィ社というハウスウェアの会社があると知ったんです。そこで、取り扱っているキッチン用品が可愛くて好きで。私は将来イタリアで働くんだ!と決意して、プロダクトデザイナーになるため、工業設計が学べる大学に進学しました。」

 大学進学後に、学生で行う家具制作プロジェクトのチームに参加。遂に憧れの地に行くチャンスが訪れます。「イタリアがどんな環境なのか、実際に知りたくて、現地の大学の講義に紛れこんだり、とても充実していたのですが、今までの勢いが一気に落ち着いて、謙虚になってしまったんです。それは授業や会話の中で、すごく言葉の壁を感じたことがきっかけでした。今考えると勿体無いことしたな~って思うのですが、そのまま留学はせずに日本で勉強を続けました。」イメージしていた理想とは違う…と日本に帰ってきた平野さん。授業を受けていても立体デザインに対して、少しずつ違和感を感じるようになっていました。「制作発表では、作品ではなく、プレゼンやスライド資料を褒められることが多かったんです。もしかして立体じゃなくて、私は平面が向いてるのかなと思うようになりました。そこで、広告業界に興味を持ち始めたんです。」

将来の不安と向き合う決意

""

 『グラフィックデザイナーになりたいんです。どうしたらいいですか?』と連絡もせず、面識もない状態で、福岡で有名なグラフィックデザイン事務所のドアをノックした平野さん。そこで、おもいきりの良さと行動力をかわれて、インターン後にそのまま就職し、グラフィックデザイナーに。「1年目から大きな商業施設のビジュアルをつくる大役を任されました。いきなり大勢の前でプレゼン。ラフを何十案もだしたり、デザイン業界の洗礼を受けました。泣きながら企画やラフを描いていた記憶がありますね。」

 福岡や長崎の有名な商業施設の広告を担当し、グラフィックデザイナーになるという想いが現実に。充実する日々を過ごしていましたが、ここで大きな不安と悩みを抱えるようになりました。「恵まれた環境にいた為、この仕事は自分に依頼が来ていると、段々勘違するようになっていました。ミスがあっても上司のチェックが入るので、クオリティーが高いものができあがり納品される。自分の本当の実力がわからなくなったんです。」そこで平野さんが出した答えは、『独立』でした。「デザインの仕事を続けていきたいけど、いつかは私も母親になりたいという思いがありました。その前に自分の実力を知りたい、フリーランスとしての下積みもしておきたいと考えました。不安でしたが、今しかないと決意し、25 歳の時に独立しました。」

共感できる大切な人たちとの出会い

""

 独立と同時期に結婚。その数年後には、第一子の誕生と、環境や働き方も変化していきました。想定外のこともあると実感しながら、どんな出来事も楽しんで過ごしていた平野さん。そんな魅力に惹きつけられるように、クリエイター仲間が増えていきました。出会いや繋がりから生まれたイベント。それが2011 年にスタートした、zine と呼ばれる個人が作ったアートブックを展示するイベント『10zine(テンジン)』でした。「10zine が生まれたのは、zine を作りたいとデザイナー仲間に話した些細なことがきっかけでした。みんな駆け出しの頃で、『楽しそうだからやってみよう!』ってエネルギーもすごくて。当時、出展してくれたアーティストさんが、今は第一線で活躍していたりと尊敬する方に出会えてるなぁ~って思います。」

 発起人として、周りを巻き込む魅力。『自分は○○がしたい』と声をあげることは、少し勇気のいることだと思います。そこで平野さんに、どうしたら自分のやってみたいことを実現できるのか聞いてみました。「仕事や生活を通して、興味が似ていたり、共感できる人に出会うことからスタートするのですが、その人とだったら、何を一緒にしたら楽しいだろう、発展するだろうと、考えます。そして、声をかけるときには具体的にやりたいことを伝えるようにしています。何がしたいのか具体的に決まっていると実現しやすいのかもしれないですね。」

新しい環境で、家族と共に

""

 2016年に離婚を機に帰省し、福岡から宮崎に拠点を移した平野さん。環境が大きく変化することで、不安もありました。「子育てをしながら仕事をしているので、働ける時間が限られています。制作をする前の打合せで、コンセプトや依頼してくれた人の魅力や想いを聞いて知っておきたいのですが、頻繁に出張は出来ません。そのため直接会って話が出来ないなど、始めは不安要素も多かったです。最近では、宮崎のお客さんからも依頼を頂くことが増えています。ロゴやデザインを作る時には、打合せをしながらラフを描いていきます。お客さんと一緒に考えて作っていく瞬間は、テンションが上がりますね。」

 福岡時代と同様に仲間になって支えてくれる人たちとの出会いが、その不安を少しづつ和らげていきました。「宮崎に帰省し子供と二人で再スタートできたのは、家族や幼なじみ、ご近所さんなど、たくさんの人が支えてくれたおかげだと感謝しています。やっぱり子供の存在は大きいですね。生活していると想定外の出来事も時にはあります。でも大抵のことは、なんとかなるんです。決断する時には不安もありますが、早いうちにいろんな経験ができて良かったなって思っています。」

 平野さんのお話を聞いて、どんな時でも自分が進んで行きたい方向を選択して決断する力を感じました。『いつかは○○になりたい』を実現させるのは、簡単なことではありません。しかし、これからは自ら選択し決断する力が必要だと思います。私たちもなりたい自分に、少しでも近づけるように『自分は○○がしたい』と勇気を出して声をあげてみる。すると自然に仲間ができ、実現できるのかもしれません。