20doのロゴ画像

Andrew “Herm” Hermida さんの画像

アートは、楽しい!探求も進化も自分スタイルで

CULTURE

アーティスト・イラストレーターAndrew “Herm” Hermida さん

2021年にニューヨークから宮崎市へ移住し、アーティスト・イラストレーターとして国内外の雑誌や新聞、アパレルなどのイラストを手掛けるHermさん。宮崎市のサーフィンカルチャーをモチーフにした色彩豊かで個性的なイラストは、県内の各種メディアでも取り上げられ、話題を呼んでいます。自分のスタイルを模索し続けたNY時代と、宮崎での今とこれからについてお話を伺いました。

アイコン写真

野球場から始まったアーティストへの夢

自己紹介をお願いいたします!
Andrew “Herm” Hermida(アンドリュー “ハーム” ハーミダ)です。アメリカのニュージャージー生まれニューヨーク育ち、1983年生まれの40歳です。宮崎では「ハム」と呼ばれています。 夫婦でヘアサロン兼カフェBar&アートギャラリー『HERMIDA’S(ハーミダズ)』を経営しながら、宮崎市を拠点にアーティスト・イラストレーターとして活動しています。
イラストとの出会いはいつだったのですか?
子供の頃から絵を描くのが好きで、アーティストになるのが夢でした。ニューヨーク州立ファッション工科大学でアートを学び、卒業後はIT関係の会社で働きながら、建物の壁などにペイントするグラフィティアートの世界に没頭しました。好きな画家の絵を真似てステンシル式(※型紙の上からスプレーを吹き付けて絵柄を作成する方式)で壁に描いたり、展示なども積極的にやっていました。 でも、やっているうちに「これは自分のやりたいことではないのかも」と思うようになり、それから絵と少し距離を取るようになったんです。当時は自分のスタイルと呼べるものがないと感じていて。どんな絵を描きたいのか、明確ではなかったんだと思います。
再び絵の世界に戻るきっかけは何だったのでしょう?
2015年頃から再び集中して絵と向き合おうと思い、アメリカのプロ野球球団「ニューヨーク・メッツ」の試合へ出向いて絵を描き始めたんです。昔から野球カルチャーが好きで、よく試合を観に行っていました。 2017年に「できるだけたくさんの試合へ赴き、絵を描く」と決意し、計75試合に足を運び、ひたすらスケッチブックに絵を描き続けました。 その後も、自発的にプロジェクトを作っては作品を発表し続けていました。そしたら少しずつ人の目に止まるようになってきて。 ある時、日本のプロ野球チーム「横浜ベイスターズ」から、イラストのオファーがあったんです。それをきっかけに、イラストの仕事がどんどん来るようになりました。
自分で始めたプロジェクトが、大きな仕事に繋がったんですね。
自分で企画を立てるって楽しいんですよ。自主的に企画を組んでやり続けていたら、技術も上達してきます。何かを始めて自分の力でやり遂げることができた時の達成感は、自信やモチベーションにもなりますね。
日本でも積極的に球場に足を運び、選手たちの細かな表情や動きを独自の目線で描き続けている。“Murakami Disappointing Pitchers”(左)、“Sasaki’s Perfect Game”(右)
宮崎移住後に描いた、サーフィンのイラスト集。MRT宮崎放送のタブロイド紙“COCOKARA”の表紙に採用された

進化がスタイルを作る。なんでも楽しく、自分流に

日常や人をモチーフにした現在の作風は、この頃に形成されたんですか?
2017年頃、ジェイソン・ポランというアーティストに大きな影響を受けたんです。ペン一本でNYの日常を描く彼のユニークな視点や線の緩やかさは、僕の絵に対する考え方を自由にしてくれました。 「そっくりに上手く描かなきゃ」というプレッシャーから解放され、「目の前にあるものを自由に描こう」と思うようになったんです。僕の絵って、2015年以前と今とでは全然作風が違うんですよ。
宮崎のサーファーを描いた、ポップで色彩豊かなスタイルも印象的ですよね。
実を言うと僕は、色の見え方が人と異なって見える色覚異常を持っていて、ずっと白黒ばかりで絵を描いていたんです。使っても灰色とか一、二色程度で。でもある時友人に「絵でキャリアを築きたいなら、カラーにも挑戦してみたら?」と助言されて。それを機に色を使い始めました。 パレットの色と名前が対応する表を作ったり、第三者に意見を求めたり。未だに難しいと感じることはありますが、工夫することで乗り越えています。ここ数年は、水溶性の絵の具で作品を描くことも楽しんでいますよ。
いろんな変化があっての今なんですね。
どのアーティストも、必ずどこかのタイミングで進化していかないといけません。当時僕はペンを使っていたけど、今はブラシペンをメインに使っていたり。いつも自分流にアレンジし、試行錯誤しながらイラストと向き合っています。
Hermさんにとってアートはどんな存在ですか?
アートは、楽しいもの。楽しみながら、自分のスタイルを模索していくものです。 あらゆるアートに関して、多くの人が「これはこんな風でなきゃいけない」と言うかもしれないけれど、それが自分のやりたいスタイルに当てはまるとは限らないでしょう。 まず自分で進む道を決めて、縫ったり切ったり紙に描いたり、とにかく型にハマらずになんでもやってみるんです。そっちの道の方が楽しいと思ったら、そのスタイルをどう自分流にできるか、どうやったら楽しめるかを考え、工夫していけばいいんだと思います。 アーティストとしてキャリアを築くには、自分自身でキャリアを多様化させていくことも大事ですね。僕もイラストと関連づけながら編集やアパレルの仕事に挑戦してみたり、絵を描くこと以外にも様々なことに取り組んでいますよ。

 

愛犬「ダイコン」からも日々インスピレーションをもらう、と話すHermさん

自発的に動き、世界に伝え続ける

移住されて2年。宮崎でのアーティスト活動はどうですか?
僕は、宮崎の街の雰囲気がとても好きなんです。気軽に挨拶を交わし合える人との距離感や、互いに助け合おうとする温かい県民性。そんな環境の中で自分の好きなことと向き合えるのは、特別なことだと思います。 宮崎は、自分の思い描くビジョンを実現させる良いスタート地点です。NYのような大都市に比べて資金的にも始めやすいし、土地も広い。都市にいた頃に感じていた漠然とした不安感も、今はほとんどありません。僕の人生の中で、こんな場所は初めてですよ。
宮崎でこれからやってみたいことはありますか?
宮崎の人たちを巻き込んで、絵を描くワークショップのようなことをしてみたいです。コーヒーやビールを楽しみながら、ビーチでサーフィンをする人や海辺を行き交う人を描いてみたり。 アートと向き合うときに、多くの人は「こうあるべきだ」ということに固執しすぎていると思うんです。アートは楽しいということを、宮崎の人たちともっと共有できたら最高ですね。

 

宮崎市街中でZINE(個人やグループが自由な手法、テーマで制作する冊子)を展示・販売するイベント「Zine it!」にて発表し話題を呼んだ “いただきます AN ILLUSTRATED JOURNEY OF A WEEK'S WORTH OF MEALS”
最近では宮崎のお気に入りの場所をイラストに描き自身のInstagramに投稿するなど、地域に向けても積極的に発信しているhttp://www.hermsterms.com/

 

最後に、宮崎の若者へのメッセージをお願いします。
学校を卒業してすぐにやりたいことが見つからないからといって、自分自身に「失敗」のレッテルを貼らなくていいんですよ。目の前のことに楽しみを見出しながら、一方で自分自身を成長させるために一生懸命動き続けることが大事です。
アーティストなら、作品を作り続け、世界に伝えていくことも大切。とにかくやり続けるんです。夢を見ることではなく、実際に行動することで形になっていくから。 SNSに作品を上げるだけじゃなくて、ZINEや展示、LIVEパフォーマンスのような目に見える形で、実際に地域に露出することもやっていくべきだと思います。まずは自分だけのオリジナル企画を立ち上げて、それを最後までやり遂げることから始めてみるといいですよ。

 

イラストレーション

http://www.hermsterms.com/

Instagram

https://www.instagram.com/hermherman/?img_index=1

『HERMIDA’S』(ヘアサロン/カフェBar/アートギャラリー)

https://www.hermidasfrombk.com/

Back